第45回日本内観学会大会・第9回国際内観療法学会大会の公式ホームページです。

大会長講演抄録

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大会長講演
日本の心理療法“内観療法”の可能性
-素直になるということ-
高橋美保(東京大学)

 本大会テーマを考えた際に、「素直なこころへの回帰」という言葉が浮かんだ。臨床心理学や精神医学の世界の専門用語では到底説明できない“素直”という言葉には、日常用語ながら日本や欧米の臨床心理学が見逃していた深遠なる意味がある。同時に“素直”は、忙しい日々の中でまるで何かと戦うかのように重い鎧を重ねて生きる私たちが、平素忘れているものかもしれない。内観療法はこの素直の境地に立ち返ることができる類まれな心理療法の一つであり、ここには諸外国にはない日本の心理療法の価値を提示できる可能性がある。その価値とは何かであろうか。

 一つ目は、自然モデルである。西洋的なモデルでは“問題”を問題として扱うため、“問題”を特定してそれを除去・軽減するモデルが中心となる。それでうまくいくこともあるが、中には“問題”にとらわれて、“問題”を問題としていること自体が問題となっていることに気づけなくなっていることがある。ここで有効となるのが日本の心理療法に見られる症状不問という関わり方である。“問題”ではなく“問題”を問題としている自分自身に向き合う中で、自然と“素直”な自分に出会う。このようなパラドキシカルなアプローチは、新たな価値を持つであろう。

 二つ目は、共生モデルである。西洋的なコントロールモデルでは、問題を除去・軽減するために自我(I)を強めるアプローチをとる。一方、内観療法では母親をはじめ親しい人を対象にして自己を観る作業を繰り返すが、そこでは個人は環境の中で生きる個人と捉えられている。私たちの苦しみの多くは他者とともに在ることから始まるが、喜びの多くもそこにある。苦しみや憎しみに彩られた視点を外すのは容易ではないが、他者の視点から事実を繰り返し見ることで“素直”になる。個人がコントロールして打ち勝つモデルではなく、良くも悪しくも人の中で生きてきた事実に気づき、関係性の中で生かされている自分に気づく共生モデルといえる。

 三つ目は、Beingモデルである。内観療法では人を素直にするのではなく、素直になれる時間と空間と人間を粛々と提供する。人間は最も柔軟な調整弁になるが、面接では多くの言葉を交わさないため、面接者の在り方が大きく問われる。つまり、面接者は何かを“する(Doing)”のではなく、人として“ある(Being)”ことが重要となる。面接者自身が“素直”な人として、そこに“ある(being)”必要がある。

 いずれも認知行動療法の新たなアプローチとされるマインドフルネスにも通じるがマインドフルネスは“素直”とは言わない。“素直”という視点から日本の心理療法の価値を見直し、その価値を世界に問うべき時が来ているのではないだろうか。

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